2007-10-19

グレイソ・ヌッサーヅ:3 (子どもと老人)


代表作「ごん狐」は若干二十歳の作。
それから10年余りで世を去り、
評価されるのにさらに10年。
数々の、というにはやはり物足りないが、
その小さな作品たちどれにも同居する
やさしさとかなしさは、いつの日もいつの時も
変わりなく人の心に住んでいることを教えてくれる。

晩年の作「狐」のおかあさんは、
もしぼくが狐になっちゃったら?という
子ども(文六ちゃん)の質問に、
自分も狐になって人里から離れる、と答える。
それで人に追われたら?には、
自分が捕まることで助ける、と語る。

どんなに過酷な状況になったとしても、そばにいてくれるという安心感、
いざというときには身を挺してくれるという信頼感を感じることが
できるからこそ、子どもたちはその後、かなしみもさみしさも乗り越え、
困難に立ち向かっていくことができるのだろう。
『自分が安心できる安全地帯は、過保護に守られるためにあるのではなく、
自由に新しい可能性を探索するためにこそある。』と茂木先生も
書かれていたっけ。(「脳の中の人生」中公新書ラクレ)

当然のことながら、子どもを守るというのは、大人の都合や大人の事情で
あってはならないし、自己犠牲を装った自己弁護という最悪のモンに
なってしまうのでは、なんだかここ数日、集中的に報道されているアレの
ごとく、本末転倒と言う他ありませんので要注意だな、と子どもどころか
嫁もおらぬのに考えたりして、、、。

文六ちゃんの問いかけを、おかあさんは真剣に耳を傾けた上で、やさしく
語りかける。稚拙だとか、非科学的だとか、あれこれ理屈をつけて話を
聞こうともせず、さらにはその口まで封じてしまうというような理不尽で
一方的かつ支配的な関係など当然のことながら、ここにはない。そっと
自身も涙をぬぐうところからそれがよくわかる。

こりゃ、マズいと扉の真正面ギリギリに寄りつつ、早く駅に着かないか、と
このくだりを読んでた自分も危うくポロリだった。もちろん、欠伸ですよ。
とにもかくにも、このステキな親子の対話と、どうして子どもは、狐になると
考えたのか、は本編をぜひ一読願いたい。子ども心がよくわかります。

新美南吉の作品は、大人になるためのステップとして、かなしみに触れる
という小さな通過儀礼が描かれているものが多い。たっぷりとやさしさを
吸収しているからこそ、次なる冒険の旅に出かけることができるのだが、
その行く先々で小さなかなしみに出会う。しかし、それらをひとつずつ越えた
あとの確信はどれも力強く、小さきものたちの大きな成長が見られるのだ。

『きょうのように人にすっぽかされるというようなことは、これからさき
いくらでもあるにちがいない。おれたちは、そんな悲しみになんべんあおうと、
平気な顔で通りこしていけばいいんだ。』「疣(いぼ)」(このあとの
「どかぁん」がサイコーなのだ!必読)

「かなしみは だれでも もって いるのだ わたしばかりでは ないのだ
わたしは わたしの かなしみを こらえていかなきゃ ならない」
「でんでんむしのかなしみ」

やさしさを受けたものは、悲しみを乗り越え、悲しみを乗り越えたものは
またやさしくできるのだろう。


『おとなになるというのは、ふざけるのをやめて、まじめになる約束の
ように思われました。なんとなくさみしい感じがしました。』「疣(いぼ)」

とすると、いまだにふざけてる人生を送っちゃったりしてるのは、大人に
成りきれていないということか、と恐縮しちゃうみなさん、いえ、私には、
処方箋が必要です。いい意味で、一生何かをふざけていくことでまじめに
まで転化した大人たち。まじめにふざけることができる匠の言行録を手元に
置いて、やさしさもかなしさも超える新たな道への一歩をいっしょに
踏み出してみましょうよ。

『本当に最期に死ぬときは年をとっていても、たとえ車イスになっても、
なにか心がロマンで燃えていて、なにか自分のやっていることで周囲に
感動を与えていて、喜ばれていて、惜しまれるなかをね、最期は
ニコって笑って、おやすみって言って僕は死にたいんですよね。』

オーバーセブンティで演歌歌手デヴューした玉ちゃんこと玉村静一郎氏の
名言↑をはじめ『エキセントリックで、パワフルで、まわりからどう
思われてるかなんて、生まれてからいちども気にしたことのないまま、
自分だけの世界を一生かけて築きあげて悔いのない、そういうじいさんたち』
の超絶メッセージを収録したのが都築さんの
著書「巡礼」です。今回もまた素晴らしい仕事っぷりに脱帽です。

またまた再放送だったCBSドキュメントで昨夜見たマイク・ウォレス
(昨年米CBSを退職した88歳、長寿番組「60ミニッツ」の看板インタヴュアー。
キング牧師、マルコムX、ケネディ、ホメイニ師、アラファト議長、江沢民、
バーンスタイン、パヴァロッティ、ジャニス、、、。誰にでも丁々発止の
やりとりが名物のスーパージャーナリスト)本人orインタヴューされた方々のよな
エラいひとにならなくてもいい。ただ狂ったじじい(ばばあも可)になればいい。

あ、ちなみに番組内で登場したホロヴィッツには感激した。ウォレスに頼まれた
”星条旗よ永遠なれ”を忘れたと頑なに拒み続けたかと思ったら、奥サマの
弾きなさい、の一言にしゅんとして弾き始めたかと思ったら、ものの数秒で
ノリノリになって、最期はウォレスともども大満足の大笑いになるのだった。

やっぱロシア系は違うな。というかこの人が違うのか。狂ってていいね。
大学のとき、ちょっとポリーニ好きだった自分も今じゃぜんぜんなのは、
カラダ同様、脳クレイジーさも年々メタボリック化してるってことの証明なのかも。
ま、これでよしとすることにします。、、、では最後にまた新美南吉より。

『世の中は理窟どおりにゃいかねえよ。いろいろふしぎなことがあるもんさ。』
「和太郎さんと牛」

2007-10-16

グレイソ・ヌッサーヅ:2 (私とスポーツ)


音楽で”熱くなりたい”という
気は当の昔に消え失せたが、
スポーツで、はずっと持続してたりする。

といっても”やる”じゃなくて、
もっぱら”みる”。それもテレビで。それも深夜に。
大学生の時のテニスかスキーどっちかが
最期に”やった”スポーツだ。

それ以降は、さらに何でも見ることにした。
それ以前は格闘技中心。※参考

新日も全日も国際も女子も
柔道も相撲もボクシングもベニー”ジェット”ユキーデも見てた。

他は、あまりにも王道だった野球にはあまり興味持てなかったけど、
まだまだマイナー感の否めなかった、サッカー、中でも、ケンペスや
ソクラテス、にグっときてたし。、、、南米好きだったんだな、今にして思えば。

バスケなどもやってたが(小・中に)それは背伸びると信じてたからで、
(前から2番目=”前へ倣え”で、かろうじて腰に手をあてないで
すんでたのが、高校入る前にちゃんと伸びた、胴中心に。75いった)
どっちかと言うと、昔っから見る方が好きだった。

スポーツの祭典、とにかくいっぱい見れるオリンピックはロス五輪
からハマった。女子バレーをメインで狂ったように応援したっけ。

で、現在、
熱狂の渦に身を置くのは苦手だし、逆にちょっと冷めちゃうぐらいだから
ミッドナイトに、それも一人、よしっ、って盛り上がるのがいい。

夜中のテレビのスポーツ中継って、やっぱり”深夜枠テイスト”で
垢抜けるか、成長するか、”当たる”とゴールデン
に進出ってことになるんだけど、この、密かな楽しみ感、勝手に
選手たちの成長願ってる感が魅力だったりするんだよね。
”いい時間”に行っちゃうとキモチ的にも物理的にも離れてしまうんだけど、
それまでは日曜日のお父さんのおシゴトのように夜中のテレビをハシゴだ。

パリダカ、全女、芸能人女子フットサル
(→スフィアリーグ、→すかいらーくグループ)...。
忘却の彼方へ旅立ったものから、発展途上の進行形のものまで。

継続組は、夜中のスポーツ中継の看板番組、F1は、
ホントずーっと。タイレル(ティレルじゃないよ、あくまで)の6輪
にときめいたから。

いろんな意味で荒れた2007年だったなぁ。あ、最終戦が残ってるか。
チャンピオンは誰がなってもいい。パイロット自身の能力は皆スゴい。
だから”政治”で動くのは興ざめ。だったらエンジン音のみの中継で
何も知らない方がいい。

モータースポーツなら他にはモトGP。バイク乗りだった(TS-250)から
レースは気になる。今回のノリックの件は本当に残念。
サーキットの外ってことにさらに胸が痛む。

残念と言えば、驚異的な快進撃を毎回見せてたからねぇ、長兄がさ。
何年前だ、あれ?スゲーのが来たなぁ、って思って見てたからなぁ。
せっかく、大ベテランのお兄さんの胸借りれたのになぁ。
真ん中くんは、もったいないことしたよ。

お兄ちゃんも当時者の弟くんも、当然のことながら誰よりも、宇宙一
強くなりたいのだろう。そしたら、大人のイヤラシイ世界にこれ以上付き合わず
外に出たらいい。ついでに親離れ、子離れもできるし。大海を知れる。
HIROYAくんしかり、錦織くんしかり、きっとホンモノになるよ。

ちっちゃい時は、めーいっぱい甘やかして、甘えて、やすらぎの地を
作って、もらったらいいんだと、「新美南吉童話集」読んでて思った。
それがあればその後、思い切って外に飛び出せる。

「おじいさんのランプ」の一文。「おとなが、こうして遊べといったことを、
いわれたままに遊ぶというのはなんとなくばかげているように子どもには
思えるのである。」

ここからが勝負。安心の上に孤独をもって立ち向かう、そいつが大人だ、と
新美南吉のお話を読んでいるとつくづく思う今日この頃。 つづく

2007-10-13

グレイソ・ヌッサーヅ:1 (ボクの「ボク宝」)


深夜のCBSのドキュメント。

ホロコーストがテーマの再放送。
驚愕の事実に、一度見たにも関わらずまた、しょぼん。

二度と消せない腕の刻印も当然だが、この耐え難き記憶は酷すぎる。
早いとこ資料を精査して、生き残っていらっしゃる方には
手厚い保障と同時に生の証言を残してほしいと願います。。。

見るものなくNHKへ。「世界遺産」(今回は「夢と理想のシンボル
~アメリカ・自由の女神像~」)やってた。
パキスタンのタクシー運転手さんが自身の生活in NYを語る。

自国で政治に身を投じ、追われ、新天地の夢を見て、また9.11以降
憂き目に遭う。チャイ1杯の”昼”だけで12時間勤務。同じ車を使う
相方と交代し、深夜ようやくデリで食事。祖国の娘さんを、
アメリカの大学に行かせるんだ、と疲労困憊の中にもやさしい笑顔。

しっかし、デリの食事はウマそうだ。そういえば、ちょっと前に見た
「アジア語学紀行」のネパール編に出てきた”モモ”にもよだれがダラダラだった。
どういうわけか、視覚や聴覚以外の感覚もキャッチできちゃうってのは不思議だね。
テレビ見てよだれが出る、を脳科学的に説明したらどうなるの?
ミラーニューロンとかってヤツのせいかな???

アジア各国の料理に目がないので、あちこち食べに行くけれど(@東京23区)
あの猥雑な感じもセットで、香港へ、それもチョンキンマンション(重慶大厦)
に、そこでわざわざインド料理を時々無性に食べたくなるよ。

けっきょく、香港で一番の思い出がホテルにあるんじゃ、修学旅行の
高校生となんら変わらないような気もするが、あんな絵に描いたような
カオスを味わえるのは、なかなかない。

多数のインド、アフリカ勢、パックツアーなどとは一生カンケーねー感じの
世界中の旅行者と、衣食住すべてにまつわるジャンクもアリの色とりどりの
品々と、ここ数日、歩けば出くわすキンモクセイに負けないスパイシーな芳香が、
山のようなVCDやDVDからもプンプンしてたっけ。全身使うと記憶も濃いね。

そういえば香港で出会った”電子念仏機”のことを以前あれこれ書いたが、
どういうわけだか日本では夏に東急ハンズが突然売り出した。(この時だけだったようだが)

バイヤーさんの目論見は何だったんだろう?お盆は過ぎてたと思うけど
よっぽど信心深い方が突然思いついたのかなぁ?ま、おまつりごとが
なくたって、お祈りは毎日だから、必要な方にはいつでも必要なんだろうけど、
なぜ、急に、日本で、ねぇ。。。

思うに(たぶん違うだろうが)たまたま部屋に積んであった「ボク宝」みうらじゅん著を
読んだのではなかろうか?なぜなら10年前に文庫化もされたこの本の中には、
一項目として”電子念仏機”のページがあるからね。他にわざわざページを割くような
モンって、ないでしょ、きっと。”電子念仏機”などに、さ。

国宝ならぬ”ボク宝”。敬愛する、みうらじゅん氏は「どこかの誰かさんの
価値観や、多数意見で決められている宝、ボクには何の関係もない。」とし、
自身の”好き”だけで、ボクの宝を決めると高らかに宣言する。もちろん私も
全面的に支持させていただきますっ!

「ボク宝」で扱われているものは、モノ・コト・ヒト、多岐に渡るのだが、
そのすべては”ボク宝”宣言に掲げられている通り”愛”に満ちあふれている。
「安斎肇」と、今ではすっかり競技会化した”エア・ギター”の10年以上前から
”アン・プライド”(プライドをかなぐり捨て、飲み屋で楽器も
持たずプレイ、アンプラグドから)を敢行し、何度も出版が幻となっている
「エロ・スクラップ」は、日本エロ雑誌の歴史を期せずして編纂することとなり、
「ブルース・リー」になるべく、”通信空手家”の研鑽を積み重ね、「怪獣スクラップ」にいたっては
作り手兼受け手である自身を『完成品を一番早く見られるボクは世界一の幸せ者の
読者だったに違いない』とし、さらに「アルバム」の中では『夜、完成したアルバム
(ボクはそう呼んだ)をイヤホンで聴きながら寝るのが一番、幸せな時。ボクは
世界中で一番、ボクの歌のファンだった』との確信にいたる。

どんなにカラ回りしても、たとえ情熱と信念と妄想が入り乱れても、ボクの宝を
求め、ボクの宝と共に邁進する、みうらさんはステキ過ぎる。「マンガ家入門」で
何度も作品がボツになるけれど『泣きそうになりながらボクは、世の中が甘くないん
じゃなくて、世の中を甘く見ていた自分を知った』と気づく。大人ってステキだ。

自分の”好き”が誰かの”好き”であることも多々あるだろう。その自分と誰かの
”好き”が、またまた別の誰かの”好き”ってこともあるに違いない。にしても、
世の中そういうことがちょっと多すぎやしないか。簡単に同志になれちゃうなんて、
どーしたモンだろ(すみません)。

愛深く、志高く、孤独を怖れず、むやみに細分化せず、特定専門領域を持たず、
ヨソ様に何言われても、ヨン様が忘れ去られても、ボクは「ボク宝」級なあれこれを
探し続けます。そして、みうらじゅん氏を「ボク宝」に指定させていただきます!

2007-09-27

フルムーンナイトにゃ何かが。。。

こっそりとあがってまーす。
五回目の「→対談」。

日焼けした腕もかえって寒々しく感じるこの頃、
すっかり季節ハズレの感もありますが
いまさらのお盆企画をお送りいたします。

丑三つ時にでも読んでいただければ、
月よりの使者が舞い降りること必定です。
お月見だんごといっしょに、ぜひぜひ!

2007-08-04

水辺のジオラマ waterscape georamas

小さなジオラマ展vol.5
2007.07.31〜08.31@HERE WE ARE marble(新高円寺)




※クリックで拡大

Create Fantasticallyの挿絵を作っている切り絵作家
藤野真由子が小さい影絵の展示をします。
カフェ「HERE WE ARE marble」カウンター席照明に展示するシリーズ
「小さなジオラマ」Vol.5です。

今までの「小さなジオラマ展」については →cohac.com/m
→ HERE WE ARE marble ウェブサイト

※HERE WE ARE marbleは8/27〜9/3までお盆休みということになったので、展示期間が当初の予定より延長することになりました。詳細決まり次第、追ってまたお知らせします。

2007-07-12

『電子念佛機』とは何か:下 (付:萬佛寺に行ってみれば)

中国旅行の末に辿り着いたものは『電子念佛機』だった!?

偶然で必然の『電子念佛機』と出会ってしまった旅行記の
第二弾でございます。

。。。

帰国の前日、居ても起ってもいられないジオラマチームは、まったく何の
約束も保障もナイままに、香港島の電子念佛機の総本山(らしきものと、
この時点では思ってた、結果、大正解!)に出向くという、ちょっとした
冒険の旅に出るのである。

もっと電子念佛機を知りたい、そもそもこれはどーゆーモノなんだ?
誰がこーゆーモンを作ってるのだ??? 電子念佛機を手に入れてわずか一日で
我々の得体の知れないモチベーションは頂点に達し、こうなったら、
直接現場に乗り込む他にナシという判断を下すことになった。

手がかりは、電子念佛機といっしょに同封されていた小さな商品説明の紙に
記載された住所と日本から持ってきた観光案内用の簡単な地図のみ。

香港島、中環(セントラル)にフェリーで渡り、トラムに乗って、初めての
街に降り立つ。歩くこと5分ほど。雑居ビルの4階にそこはあった。なんだか
あっけないぐらい簡単。もう誰かに導かれてるんじゃないかってぐらい。

エレベーターを降り、入り口の前で深呼吸。再度、看板を確認。意を決して
ブザーを鳴らすと、分厚い眼鏡、ちょっと猫背で、少し足を引きずっている
男性が姿を現した。

ネイホー、ハロー、、、どうやって要件を伝えようかアタマはぐるぐる
あてもなく廻り始める、と同時に、手は前日にゲットしたペンダント型の
念佛機を素早く指差していた(それを首から提げていた真由子嬢は、グイっと
差し出していた)。これです、これ!と二人。

重たそうな眼鏡のつるをちょっと持ち上げ、その念佛機と我々の顔を
一瞥すると、そのおじさんは、そういうことですか、さあどうぞ、とでも
言うように(もちろん広東語で)鉄格子のような扉の内側に我々を招き入れた。

ブルース・リー先生いやジャッキー・チェン、いやMr Boo!、いずれにせよ
香港映画から、そのまま抜け出したかのような風貌に、その動作に、ただただ
感激し軽く眩暈すら覚える。ここまでのシチュエーションだけでも十分なのに
このキャラクター!もはや『ドッキリ』じゃないかと思うぐらいだった。

入り口近くのイスに腰掛けて、こちらを見ているおじさん。ぱたぱた歩き回り
なにやら忙しそうなおばさん。店内=ショップというよりは事務所兼倉庫。
あちこちに机や椅子、商品なのか、はたまた売り物というわけではないのか、
判然としない数々のモノや調度品があふれている。そのせいで、ぱっと見では
電子念佛機そのものはどこにも見えない。

一瞬にして情報がドバっと押し寄せ、視界がせばまり、おずおずと前に進む
ことしかできない我々に、スッと行く先を導く手が指し伸ばされた。あきらかに
ヨソ者の挙動不審な人間に、サッと椅子を並べ、座るように促しつつ、すべての
事情は了解した、と言わんばかりに怒涛の勢いで話し始める一人の女性。

彼女は、生粋の(と言う他ないだろう)香港人。フランスに留学し、日本の企業で
働いたこともあり、大のサッカーファン。自分の信ずるところをもっと広めて
いくために電子念佛機に辿り着いたまでは良かったが、その教えをこの機械の
カタチにすることに協力をしてくれる者がしばらく見つからず、ようやく
巡り合ったのが、ここ、この総本山というわけだった。

あなたたちも、そういうこと?と彼女に聞かれた我々は、ちょっと答えに
窮して、いいえ、ただ我々はブッディズムを勉強している身であります、と
正直にお答えした。

彼女の信ずるものと、我々の学究するものの相違に、ちょっと残念そうに
しつつも、彼女は決してこちらの信仰を否定するようなことはなく(実際の
我々は、純粋に仏教を信ずる者からは、ほど遠いのだけど)、かといって自身の
思うところの素晴らしさをきちんと伝えることも決して怠りはしなかった。

ものすごくエネルギッシュだけど、おおらか。ちょっとまっすぐ過ぎるけど
ユーモアに富んでる。どこにも根拠はないのだが、香港人っていうのは、
こういう人なのだろう、と思う。ま、当の本人も中国人ではなく香港人とは
言ってたけど。

●高質量冷激光念佛機

たった一日前、我々は電子念佛機のとりこになった。

それは彼女のようなピュアな宗教心からでも、よしビジネスだ!と商魂
たくましい商人根性(ちらっと思ったりはした:笑)からでも、もちろん単なる
冷やかしからきたわけではなかった。そこんとこは、もう本当に、純粋な興味
というか、大いなる好奇心によってのみ突き動かされた結果の今なのだった。

だから、この期に及んで、ちょっと怖気づく、何か得体の知れない商品を
売りつけられる、とか、とんでもない商談が展開される、とか、宗教的な
おっかない感じになっちゃうんじゃないか、とか、、、そんな考えられる
限りの様々なパターンの不安に駆られるのも当然と言えば当然だった。

だって、我々は、きちんとした話の内容をしっかりアタマに準備してから
来たのではなく、先にカラダが動いてしまったばかりに、よーく考えたら、
そもそも話すことがあるんだかないんだかもハッキリせぬまま(言語的に
話が通じるのかどうかさえ疑問だったし)、行くだけ行こうって決めて
しまったのだから、いまさらだけど、びびって当たり前なのだった。

ただ、そんな心配のあれこれも、ここに偶然に居合わせた彼女のおかげで
すべてといっていいほど解消されてしまったのだが。

偶然に、、、。

そうなのだ。彼女は店の人でも何でもなく、我々と同じ、お客さん(!)
だったのだ。

お店の人、と最初から勝手に思い込んでいたのが事態を飲み込ませにくくした
原因ではある。だが、登場の仕方はどう考えても店員さんだったし、その後の
話も、取り様によっては、我々の訪問意図を聞き出すための高度なテクニックの
一環としての身の上話のようでもあった(と勘違いしていただけなんだけど)。

もろもろの心配がある上に、言葉巧みなマシンガントーク。となれば、完全に
気のおけない状態を作るというのは、どうしたって無理な相談なのだが、反面、
フレンドリーさと出来過ぎのサービスに、和み、安心していたのも事実。
さすが商売人、という気持ちで感心もしていて、それが、そもそも勘違いの
始まりだったわけだ。

もちろん今にして思えば、当初から、私もゲストである、従業員ではない、と
いうことを告知していたのかもしれないが、さすがに、こちらは極度の緊張を
していたせいか、それらしきことを言ってたな、という記憶はまるでない。

だから、もし彼女が本当にやり手の敏腕営業ウーマンだったら、異国の地で
右も左もわからない我々に一生背負い込むような契約を成立させちゃって、、、
なんてこともできたのかもしれない。

しかし、実際は、彼女にしてみれば、我々に接していたのは親切心以外の何物
でもなかった。事実、彼女のおかげで、英語から広東語の通訳のみならず、
俗に言う口利きみたいなことまでしていただき、研究(!:とりあえず、この場
では、そういうことになってます)の為に購入を決めたいくつかの念佛機は
破格の値で、さらに一つは無料で、その上にお守りまで(!!!もちろんキッチリ
身に付けてますよ)いただく結果と相成ったのも、当初抱えていた心配ごとを、
けっきょくは気にせず済んだのも、いずれもすべて彼女がたまたまここにいて
くれたからこそ、なのであった。

我々にしてみれば、このように振舞ってくれた彼女の善意やら真意やらは、妙な
違和感から始まり、話が進むうちにようやくおぼろげな輪郭がチラチラと見えて
きたあたりでグッと加速し、さらに会話を続けながらもじっと考えてたら、
ふとした瞬間に、一番最初を踏み違えたんだ、と、まさにピカっと稲光が走って
納得、エブリシング オーライ!だった。つまり、勝手に誤解をしていて
申し訳なくもあり、でも素直に話を聞いてもいたから助かったなぁ、と、
思い込みのおっかなさと偶然の出会いのありがたさをひしひしと感じた出来事
なのだった。

で、具体的に、どういう話になったかと言うと、

我々が現れる前までに自身の交渉を済まし終えていた彼女は、てきぱきと我々に
いきさつを話し、こちらの話を聞きだしつつ、彼らに伝える。我々を迎え入れて
くれたあのおじさんは、ここのオーナーで、とっても正直者だ、と。それは他を
いろいろ見てきたからわかる、と。私は信ずるものが違うけど、ここなら問題
ない、同じものを信じるなら、なおさら安心だ、と。

だから、あなたたちが信ずるところの教えを広めるのに、この念佛機が必要なら
今後のやりとりは手伝う、と。そして私は私自身の信仰のため、これからも
ボランティアとしてお寺を清め、お祈りし、電子念佛機を無償で配り、自分と
人々のための活動を続けていく、と。ゆえに、あなたたちもそうしたらいい、と。

、、、そこまでは考えていないのですが、、、。我々の次元の、はるかかなた
先に彼女はいて、本当に熱心に教えを実践されているということなのだが、
どういうわけだかそこには、ひとつも、いやな末香臭さや、お説教めいた
ところがなく、むしろ清々しくて楽しそうな雰囲気に満ち溢れていた。

こんな具合で、電子念佛機にまつわる濃密なやりとりは進んでいったのだった。

●蓮型電子念佛機

どのくらいの時間、この念佛機の総本山にいたことだろう。彼女の話は本当に
面白くてためになり、エネルギーに満ち溢れてジョークもたっぷりで、件の
眼鏡オーナーに出していただいたお茶を飲むのも忘れるほどだった。

ひとしきり話を聞いたあと、太腿がびっしょり、すでに冷たくなっていることで
ようやく我に返り、グルっと周りを見渡せば、我々の座っていた窓際のテーブル
位置からずっと奥にある棚には、膨大な量のカセットテープがぎっちり並んで
いることに、いまさらながら気がついた。

おそらく、このテープ、念佛機以前の唯一の音源で、直接レコーディングされた
マスターと覚しき年代モノ(かなりホコリまみれっぽい風情だったから)、
となれば、この中には大変貴重な録音も残されているのだろうと推測された。

と言っても、電子念佛機に入ってるのは、ほとんどは、ポップなテイストの
ボーカル曲(って言っていいのかな???)だったりするのだが、さすがに棚に
鎮座した大量の磁性体はそれじゃなく、まんま読経的な、念仏をブツブツ唱える
ベーシックかつ本来的なスタイル(念佛機の中には、まさにこの「念仏」が
収録されてるモノがある)なのだろう、という気がした、というか、それじゃ
ないと困る、いや、困りはしないが、、、。

シンセを使った軽くてノリのいい曲が多く、簡便さ極まりない電子念佛機とは
対照的なこれら一群のズッシリとした重量感のようなものは、これはこれで
とても魅力的ではあった。できることなら数ヶ月かけて全部のテープをじっくり
聴きたいと思ったぐらいだ。

カセットを発見したこともあり、ここにきてようやく落ち着いた気持ちは、
ちょっとした余裕を生み、グルりと見回したついでに、さらに斜め後方まで首を
ねじってみたら、これまたどうして今まで気がつかなかったのか信じられない
くらい大きな祭壇?、いや、ミニチュア版の朱色のお寺が室内に建立(!?)されて
いるのを発見した。

電飾を伴い、さらに赤々としたそれは、お線香の煙の中で、たくさんの方々を
祀っていて、とにかく、お仏壇レベルというようなの大きさではなかった。
もはや、なんとか寺、と、そう言ってもギリギリでセーフぐらいのものが
設置されちゃっているのだった。

聞けば、いつでもお参りできるように、とのこと。と言われても、そうですね、
誰でも家や職場に寺は必要ですね、と簡単には言えるはずがないのは物理的な
ことからではあるが、そう(ですよね、みんなウチやシゴト場にお寺がなくちゃ
ダメですね、と)言わなくて済むのは、ココが電子念佛機の総本山であるからだ。

ここから産み出されるものは、みんなの働き、集い、憩い、住む場にはもちろん
どんな時でも、身近に敬虔な気持ちを手繰り寄せ、祈りの機会を与えてくれる
という本分を持つスーパー・マシーンであり、それは、部屋に寺を建てる、と
まったくもって同義なのだから。

そうして目の前のテーブルの上に並んだ小さな箱に収まった電子念佛機を
あらためて眺めれば、この掌サイズのモバイルマシンの意義と奥深さとに、
そしてどいうわけだか、香港のこんな場所でこんなことしてる自分たちに、
いいよなぁ、やっぱり旅って、と至極単純な感想を持ったりするのだった。

。。。

いかがでしたでしょうか?
正しい仏具としての電子念佛機の在り方を、ご理解いただけましたかねぇ?

、、、なんて、エラそうに言えることなど、実は、何ひとつなく、方便を
あれこれ言う前に、きちんと信心を起こせ、とは、ごもっとも。

実際、、、

香港に来て、どのお寺を巡ってきたのかと、この度、大変お世話になった
彼女から聞かれた我々は、特に決めていたわけではないのだが、なぜか、この(↓)
お寺のことは口を開かずじまいだった。ものすごく魅惑的で感激したんだけど。

この一点において神仏の前で自分を装ってしまったことに、ちょっとだけ
反省したりしておきます。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

香港は尖沙咀より、ちょっと北へ。わずか30分程度だが、あの騒音と排気ガスが
嘘のような山の中、にわかに信じられないスピードでクレーンが動く。









山頂のストゥーパを目指すというより、その卒塔婆(萬佛塔)をなぎ倒しそうな
クレーンの動きに引き揚げられるように400段の階段を上がると、お猿さん。










目指すは萬佛寺。10000体以上の仏像が、10年以上の歳月を経て、そして今も
増え続ける。長い中国の歴史、長い長い萬佛寺の未来計画、長い長い長い、、、。








四方を取り囲む色とりどりのお方たちは、陰陽五行説に基づき定位置に鎮座
されているはずですが、頭上を足繁く行くクレーンでミックスジュースの様相。








本堂には1万体近くの羅漢像と創設者の月溪法師の即身仏が、といっても金箔で
覆われてます。経を詠みながら昇天、その後腐敗もせず、というスゴいお方。








我々がココに来たのには、やはり何かの因縁を感じずにはいられません。
アメフォン「ESQUISSE 3/3」の楽曲『虎』、そして、嗚呼、南無阿弥陀仏!

2007-07-03

こーなって、あーなると

一年の半分は
夢のように過ぎ去り
すでに後半戦が
スタートしてます。











先月、、、
新たに2名
メンバーが加わり

またまた【初】となる
ライブをやりまして、

そんなことしてたら
今度は、このメンツで
上記の催しを開催する
運びとなりました。





詳細は、こうです。

まるで、文字を書くのが
メンドーで画像を
貼ってコトを
済まそうとしている
ようですが、、、









そんなことは
ありませんよ。


その証拠に、きちんと告知
しますワン。。。








今週の土曜日、7月7日(土)七夕です。

お昼、午後1時より、文京区の「小石川図書館4階ホール」にて
『おとのおと』を行ないます!

『おとのおと』は誰でも参加できる音楽ワークショップです。
入場無料、先着80名。ココで、はじめて出会う方々と
いっしょに、簡単な「楽器」を作って、「演奏」を楽しみます。

今回は、『nuts』が全面協力!
2007年七夕の『おとのおと』は、行雲流水とnutsの
和洋折衷、いーすとうぇすとこらぼれーしょん、
雲水meets豆、でございます。

みんなが奏でる小さな楽器とnutsの合奏で、真昼間から
彦星と織姫を引っ張り出す企画です。天の川が二人の間を
遮らぬうちに、賑やかしく、たくさんに音を出してあそびましょう。


当日は手ぶらで、ご参加ください。
帰りは、ナゾの楽器やら、楽しい思い出が
ギッチリになる予定です。

ぜひ、短冊に願いを書きにだけでも
いらしてください!